きましたが、その中《うち》に香潮も亦、最前《さっき》美留藻が通ったような恐ろしい処にさしかかりました。すると今度は形の恐ろしいものばかりではありませぬ。鱶《ふか》だの鮫《さめ》だのは素より、身体《からだ》中に刃物を並べた鯱《しゃち》だの、棘《とげ》の鱗《うろこ》を持った海蛇だのが集《たか》って来て、烈しい渦を巻き立てて飛びかかりましたから、香潮は一生懸命になって、拳固で擲《なぐ》り飛ばし、足で蹴散らして、追いつ追われつ底の方へわけ入りましたが、その中《うち》にやっとこんな魚《うお》の居る処から逃げ出した時には、もう身体《からだ》がグタグタになって、胸が苦しくて眼が眩《くら》んで、死にそうになっていました。けれどもここで引き返しては、村の人々や、両親や、兄弟や、美留藻に対しても極《き》まりが悪いし、第一王様の御命令に背《そむ》く事になりますから、ここは一番死んでも行かねばならぬと、固く思い詰めまして、夢中で手足を動かして行きました。その苦しさ、切なさ。その苦しみのために香潮の身体《からだ》は見る見る肉が落ちて、顔は年寄りのように痩《や》せこけてしまいました。そうしてとうとう底まで行きつか
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