て、とてもこの世の人間とは思われませぬ。こんな綺麗な容色《きりょう》を持ちながら、こんな気高い姿でありながら、もし彼《か》の夢を見なければ、彼の低い暗い家の中に住んで、あの泥土を素足で踏んで、彼《か》の腥《なまぐさ》い魚《うお》を掴むのを、自分の一生の仕事に為《す》るところであったのか。姿は美しいとはいえ、又笛は名人とはいえ、どうせ只の漁師の伜《せがれ》の、彼《か》の汚い着物を着た香潮の妻になって、つまらなく暮すのが自分の身の上だったのか。嗚呼《ああ》、勿体ない。勿体ない。この鏡や宝石を海の底に沈めておくよりも、まだずっと勿体ない事だ。どうかして妾は妾に似合ったずっと気高いお方の処へお嫁に行って、彼《か》の絵の通りに女王になって見たいものだ。藍丸国の天子様の御妃になって、この姿をもっと美しく気高くして、国中の人達に見せびらかしたいものだ。思えばこの鏡は世界中の女の中《うち》で、妾が一番最初に自分の姿をうつしたのだから、もしかしたら妾をそういう身分にするためにここに沈んで、妾を待っていたのかもしれぬ。いや、屹度そうなのだ。それに違いない。そうだそうだと、忽ちの内に気が変りました美留藻は、
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