預けておいたので御座います。名前は何と申しますか存じませぬが、何の声でもよく真似る面白い鳥で御座いましたのに惜しい事を為《し》ました。ではこう遊ばしませぬか。今日は山狩りの御供を致しましょう。そうして今一度|彼《か》の鳥を捕《とら》えようでは御座いませぬか。何、訳は御座いませぬ。直ぐに捕まえてこの籠に入れられますよ。如何《いかが》で御座います。そう為様《しよう》では御座いませぬか」
と熱心に勧めた。そうして藍丸王が軽く点頭《うなず》くのを見るや否や、気の早い児と見えて直ぐに兵隊に云い付けて狩りの支度をして仕舞った。
弓矢を背負うた四十人の騎馬武者と、角笛を胸に吊した紅矢を後前《あとさき》に従えた藍丸王は白い馬に乗って、華やかな鎧を着た番兵の敬礼を受けながら、悠々とお城の門を出かけたが、流石《さすが》藍丸国第一の都だけあって、王の通った街々はどこでも賑《にぎ》やかでない処は無く、雲を突き抜く程高い家が隙間《すきま》もなく立ち並んでいるために、往来は井戸の底のように昼間でも薄暗く、馬や、牛や、犬や、駱駝《らくだ》や、駝鳥だの、鹿だの、その他|種々《いろいろ》のものに引かせた様々の形《かた》をした車が、行列を立てて歩いて行く。そうして髪毛《かみのけ》や、眼色《めいろ》や、顔色が赤や、白や、鳶色《とびいろ》や、黒等とそれぞれに違った人々が、各自《てんで》に好きな仕立ての着物を着て、華やかに飾り立てた店の間を、押し合いへし合《あい》して行き違う有様は、まるで春秋《はるあき》の花が一時《いちどき》に河を流れて行くようである。けれども藍丸王の行列が見えると、こんなに繁華な往来が皆一時にピタリと静まって、見る間に途《みち》を左右に開いて、馭者《ぎょしゃ》は鞭《むち》を捧げ畜生は前膝を折り、途行く人々は帽子を取って最敬礼をする。その間を王の行列は静々と通り抜けて、間もなく街外れに来ると、そこから馬を早めて野を横切って、東の方に並んでいる山の中に駈け入った。
この日お供をしている四十人の騎馬武者は、皆紅矢の命令《いいつけ》を守って他《た》の鳥|獣《けもの》には眼もくれずに、只赤い羽根を持って人間の声を出す鳥が居たらばと、そればかり心掛けて、眼を見張り、耳を澄まして行った。中にも紅矢は真先に立って、もしや人間のような鳥の鳴き声がするか、赤い羽根の影が見えはせぬかと、皆と一所に油断なく気を付けて次第に山深く分け入ったが、見ゆるものとては山々の燃え立つような紅葉《もみじ》ばかり。聞こゆるものとては遠くを流るる谷川の音。それさえ折々は途絶え途絶えて、空には雲一つ見えず、地には木《こ》の葉一枚動かず、気味の悪い程静かに晴れ渡った日であった。
それでも皆気を落さずに一心になって探し続けたが、やがて正午《ひる》近くなって、人も馬もとある樫《かし》の樹の森に這入って、兵糧《ひょうろう》を遣《つか》いながら一休みしてからは、夕方ここで又会う約束で、四十人が四組にわかれて、四方の山や谷を残る処無く探した。けれども相変らず森閑《しんかん》としていて、眼指す赤い鳥は影も形も見せない。
中にも藍丸王の十人の組は、以前《さっき》の樫の森から東側へかけて、夕方まで探していたが、最早《もはや》日が暮れかかってもそれらしい影は愚か、小雀《ことり》一羽眼に這入らぬから、皆|落胆《がっかり》して疲れ切ってしまって、約束の通り最前《さっき》の樫の樹の森へ帰ろうとした。
するとこの時不意にどこか遠い処で、鳥のような人間のような奇態な声で歌を唄っているのを十人が一時に聞いた。
「妾《わたし》はここに居りまする。淋しくここに居りまする。
恋しい御方の御出《おい》でをば。御待ち申しておりまする。
青い空には雲が湧く。黒い海には波が立つ。
昔ながらの世の不思議。見たか聞いたか解ったか。
よしや夢でも現《うつつ》でも。妾はここに居りまする。
淋しくここに居りまする。妾の名前は赤鸚鵡」
皆は顔を見合わせて、それっというと俄《にわか》に元気百倍して駈け出したが、どう為《し》たものか十人が十人共、各自《てんで》に一人は東、一人は西と違った方に声を聞いて、こっちだこっちだと云いながら、八方に散って行った。
あとに残った藍丸王は、どっちとも解らず、只その声の為《す》る方に迷い迷うて、いつの間にか只《と》ある谷の奥深く、真暗な杉の木立の中へ這入って仕舞った。
その時は最早《もう》短い秋の日が暮れて、鳥の声も聞こえなくなっていたが、その代り真暗な杉の森の奥にチラチラと焚火《たきび》の光りが見えて来た。その火を見ると今まで音《おと》なしく王を乗せて来た白馬《しろうま》が驚いたと見えて、急に四足を突張って動かなくなったから、藍丸王は馬から降りて手綱《たづな》を放り出したまま、つかつか
前へ
次へ
全56ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング