通りに御殿中の大勢の役人共が集まっておりました。
 その役人共は青眼先生が眼を覚ますのを見るや否や、皆一時に手を挙げ頭《かしら》を下げて――
「総理大臣公爵青眼閣下。御祝いを申し上げます」
 と口々に申しました。これを見た先生は呆気に取られてしまって、どこからが夢で又どこからが本当なのか、いくら考えてもわかりませんでした。そうしてこれはあまりいろいろの心配をするために、気持ちが変になっているのではあるまいかと思いました。けれども斯様《かよう》に役人が大勢集まって、口々にお祝いの言葉を云うところを見ると、自分がこの国の総理大臣になった事だけは、どう考えても本当で、疑う事が出来ませんでした。

     二十五 止まらぬ花馬車

 一方、気が狂った紅木大臣は、濃紅《こべに》姫の死骸を荷《かつ》いだまま、一息に廊下をかけ抜けて、馬にも乗らず真一文字に、自分の家《うち》に帰り着きました。そうして門を這入るや否や、玄関の横に置いてあった昨日《きのう》の花馬車の中に、濃紅姫の死骸を外套に包んだまま放り込んで、それから廏へ行って名馬の「瞬」を引き出して、自身に馬車に結び付けると、いきなり鞭をふり上げて――
「もとの世界へ帰れ」
 と叫びながら、尻ペタを千切れる程殴り付けました。
 馬は驚いて棹立《さおだ》ちになって、驀然《まっしぐら》に表門を駈け出しますと、丁度そこへ王宮から、紅木大臣を追っかけて来た兵隊が往来一パイになって押し寄せて、一度に鬨《どっ》と鯨波《ときのこえ》を挙げました。馬は益々驚いて、濃紅姫の死骸を載せた馬車を引いたまま大勢の兵隊の真中に駈け込んで、逃げ迷うものを蹴散らし轢《ひ》き倒して、あれよあれよという中《うち》に往来を向うの方に疾風のように駈け出しました。
「それッ。今の馬車には誰か乗っていたぞ。一人も残さず殺してしまえ。逃がすな。余すな。追っかけろ」
 と四五人の兵士が怒鳴りましたが、何しろこの国第一の名馬「瞬」が夢中になって駈け始めたのですから、迚《とて》も人間の足の力では追い附く気遣いはありませぬ。砂埃《すなぼこり》と蹄の音を高く揚げながら、千里一飛びという勢いで都の南の端にある青物市場へ一目散に飛び込みました。さあ大変だと大勢の人々が逃げ迷う間《ま》もなく、往来に積み重ねてある野菜や果物の籠を踏み散らし蹴飛ばして、雨か霰《あられ》のように馬車に浴びせ
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