、
今日のお目見得来て見れば、
藍丸王のお后は、
自分でなくて妹の、
美紅か悪魔か海の魔か。
今王宮の奥深く、
ひとり静かに眠る時、
熱い涙が眼に湧いて、
右と左にハラハラと、
流れ落ちるは夢ながら、
夢ではないという証拠。
夢の中なる夢を見て、
夢とは知らぬ現《うつつ》にも、
つらい悲しいこの思い。
われから迷う身の行衛《ゆくえ》、
知っているのは世の中に、
赤い鸚鵡の他にない。
世に美しい柔順《おと》なしい、
女の中の女とも、
見ゆる濃紅が何故《なにゆえ》に、
王の后になれないか。
美紅か悪鬼《あくま》か王様の、
后になったは何者か。
知ってる者は他にない。
黒い海には波が立つ、
青い空には雲が湧く、
昔ながらの世の不思議、
今眼の前に現われた、
赤い鸚鵡の他にない」
濃紅姫はこの歌を聞きながらソロソロと起き上って、隣りの室《へや》の戸口に来て、なおも耳を澄ましていますと、たった今まできこえていた鸚鵡の歌はピタリと止みまして、室《へや》の中に人の居る気はいも為《し》ませぬ。
そうして思いもかけぬ後《うし》ろから、そっと姫の肩に手をかけた者がありますから、ハッとしてふりかえって見ますと、それは懐かしい藍丸王でありました。王は親切に姫の手を執《と》って――
「お前はもうすっかり気分はよいのか。昨日《きのう》の朝お前が気絶した時、俺《わし》は随分心配したが、最早すっかり治ったのか。それは何より嬉しい事だ。では最早《もう》夜が明けたから二人で花園に散歩に行こうではないか」
と仰せられます。濃紅姫は不思議に思って、今は冬で御座いますから何の花も御座いますまいと申しますと、王様は御笑いになって、まあ来て見るがいいと無理に姫を花園に連れておいでになりました。
来て見るとこれは不思議――春秋の花が一時に咲き揃って、露に濡れ旭《あさひ》に輝やいていますから、濃紅姫は呆れてしまって、恍惚《うっとり》と見とれていますと、王様はニコニコお笑いになりながら――
「どうだ、濃紅姫。俺《わし》が咲かせようと思えば花はいつでもこの通りに咲くのだ。併しお前に聞いて見るが、お前はこの沢山ある花の中で、どの花が一番好きなのか。赤か。青か。黄色か。それとも白か。黒か」
とお尋ねになりました。
濃紅姫は暫く返事に困って考えていま
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