ように輝き出て、さしもに広い大広間中に照り渡りました。
 集まっていた人たち皆、この有様に眼も心も奪われて、酔うたようになってしまいました。そしてその場でその少女はお后に定《き》まりましたが、又濃紅姫の閑雅《しとやか》な美しさも藍丸王の御眼に留《と》まって、王様のお付の中《うち》で一番位の高い宮女として宮中に置く事に定《き》まり、又|他《た》の四人の女も王様のお側付となって、直ぐにその日から御殿に留《とど》まる事になりました。
 けれども濃紅姫は自分がどんな役目をうけているか、自分の事を人々がどんなに評判をしているか、そんな事は少しも気にかける間《ま》がありませんでした。只一心に海の女王と名乗る少女の姿に見とれて、呆れに呆れておりました。ところがその中《うち》に不図《ふと》濃紅姫は、恐ろしい事を思い出して、思わず身ぶるいをしました。「この少女はもしやあの、悪魔とかいうものではあるまいか。紅矢兄様は御病気の時、悪魔が美紅に化けていると仰《おっ》しゃった。あの悪魔がこの女王ではあるまいか。それでなくてもし美紅ならば、妾の前に来てあんなに平気でいられる筈はない。そしてもし美紅でもなく又悪魔でもないとすれば、あのように、姿から声から髪毛の縮れ工合まで、美紅に似ている筈はない。悪魔。悪魔。悪魔に違いない。美紅に化けて兄様に大怪我をさせて、今度は海の女王に化けてこの国の女王になりに来たのか。事に依るとこの妾を咀《のろ》うて、妾が女王になるのを邪魔しに来たのかも知れぬ。それに違いない。それに違いない。吁《ああ》。妾の家《うち》はどうしてこんなに悪魔と縁が深いのであろう。何という執念深い悪魔であろう」
 こう思うと濃紅姫は、今まで美しい妹そっくりの少女であった男姿の海の女王が、角《つの》を生《は》やして口が耳まで裂けた悪魔の姿に見えて来て、恐ろしさの余り気が遠くなりそうになりました。そうしてその海の女王が、王様の傍近く進み寄って、女王の冠を戴いているのを見ると、さしもの大広間が大勢の人々と共にぐるぐるとまわるように思われました。そしてやがて皆の者が、一時に手を挙げ足を踏み鳴らして――
「陸の大王様万歳!」
「海の女王様万歳!」
 と割れるように叫びますと、濃紅姫は思わず声を挙げて――
「海の女王は悪魔です」
 と叫びましたが、可愛そうにその声は大勢の声に打ち消されてしまいまして、そ
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