ったのかと言葉を揃えて尋ねました。
似せ紅矢の美留藻はこの言葉を待ちかねて、紅矢の声色を使いまして、さも苦しそうな呼吸《いき》の下から、「何卒《どうぞ》皆の者を遠ざけて下さい。只御両親だけ御残り下さい。他人に聞かれてはよくない事で御座いますから」と申しました。そうして両親と差し向いになりますと、美留藻はさも痛々し気に床の上に起き直りまして、両手を支《つか》えて、繃帯の間から涙をポロポロと落して見せました。
両親は益々驚き周章《あわ》てまして左右から、
「お前はどうしたのだ。訳を云わずに泣いたとて訳が解からんではないか。どういう訳で涙を流すのだ。これ。紅矢。早く聞かせてくれ。心配で堪《たま》らない。ええ、紅矢」
と問い詰めました。この様子を見て美留藻は、先《ま》ず占《し》めた、両親は飽《あ》くまで自分を紅矢と思っていると安心しました。そしてなおも弱り切った声で――
「実は私は御両親に今日只今まで、固く御隠し申していた事が御座います。けれども最早|斯様《かよう》になりましては到底《とても》御隠し申す訳に参りませぬ故、すっかりお話し致します」
と申しましたが、これから濃紅姫が王様をお慕い申し上げていた事を初めとして、今度王様が御自身で濃紅姫を妃に迎える約束を遊ばしながら、又御自身でその約束をお破り遊ばした上に、今から一週間の後《のち》に他《た》の女と一所にお目見得に出せと仰せられた事、自分は余りの切なさに夢中になって「瞬」に乗って駈け出した事、それからその夜《よ》の内に多留美の湖の傍まで行って帰りがけ、只《と》ある橋の上で馬が躓《つまず》いたために落ちて怪我をした事など、有る事無い事、紅矢から聞いた話に添えて、詳しく話して聞かせました。
両親は聞く事毎に驚く事ばかりでした。そうして事情《わけ》はすっかり解かりましたが、その中で濃紅姫を他の女と一所にお目見得に出す事だけはあまりに情ない浅ましい事で、殊に都合よく御妃になる事が出来れば兎も角も、もし間違って王様の御気に入らないような事があると、これ位|恥辱《はじ》な事はないからと云って、両親は容易《たやす》く承知致しませんでした。
併し美留藻の似せ紅矢はここが大切なところと思いまして、一生懸命になって濃紅姫の容色《きりょう》を賞め千切って、仮令《たとい》どんな女が来ても妹以上に美しい女は居ないから大丈夫だ。それに藍
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