た。彼は暫くの間、唇を噛んで、ベコニヤの鉢の間にヒレ伏していた。
……助けてくれ……。
と叫び出したいような気持ちを、ジッと我慢しながら……そうしてヤットの思いで気分を取り直すと、虎蔵はイヨイヨ静かにベコニヤの鉢の間を抜けて、綺麗に刈り込んだ芝生の上に匐い上った。
眼ざす二階家は直ぐ眼の前に在った。
彼は極度に冷静になった。同時にたまらない程、残忍になった。容易ならぬ荒療治に引っかかりそうな予感と、世にも不思議な赤い光りに対する緊張が、彼の全身を空気のように軽くした。
彼の眼の前には、白っぽい石の外廊下の支柱が並んでいて、その行き止まりが、やはり白い石の外階段になっている。その中央に続きに敷かれた棕梠《しゅろ》のマットの上を、猫のように緊張しながら匐い登って行くと、すぐに一つの頑丈な扉《と》に行き当った。
その扉を見上げ、見下しているうちに虎蔵は又も、ドキンドキンとさせられた。
それは虎蔵が今日《こんにち》まで幾度となく、あこがれ望んでいながら、一度も行当《ぶつか》った記憶《おぼえ》のない種類の扉であった。その内側に巨万の富を蔵《しま》い込んでいるらしい……黒い……重た
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