……あくる朝……。
 晴れ渡った晩秋の旭光《きょっこう》がウラウラと山懐《やまぶところ》の大邸宅を照し出すと、黄色い支柱を並べた外廊下に、白い人影が二つほど歩みあらわれた。
 それは白絹のパジャマを着流した、若い、洋髪の日本婦人と、やはり純白のタオル寝巻を纏《まと》うた四ツか五ツ位の、お合羽《かっぱ》さんの女の児《こ》が並んで、むつまじそうに手を引き合った姿であった。
 若い洋髪の女性は、片手で寝乱れた髪を撫で上げながらも、こうした大邸宅にふさわしい気品のうちにユックリユックリと白|羅紗《らしゃ》のスリッパを運んで来たが、やがて棕櫚《しゅろ》のマットの中央まで来ると、すこし寒くなったらしく、襟元《えりもと》を引き合わせて立ち止まった。
 すると、その時に、お合羽さんの女の児が、つながり合った手を無邪気に引離しながらチョコチョコ走りに廊下を伝わって、真綿《まわた》の白靴をひるがえしひるがえし石の段々を一つ一つに登って行った。そうしてサモサモ嬉しそうに扉《ドア》の把手《ノッブ》を押しながら、内側へ消え込んで行ったが、やがて間もなく、眼をマン丸にして重たい扉《と》を引き開くと、一散に階段を馳け降りて来た。
 若い女性は、それを見迎えながら微笑した。
「……まあ……あぶない……ゆっくりオンリしていらっしゃい」
 しかし女の児は聴かなかった。
 可愛いお合羽さんを左右に振りながら、若い女性のパジャマの裾《すそ》に縋《すが》り付いた。
「……いいえ……お母チャマ大変よ……アノネ……アノネ……アタチ……アノお人形のお姫《ひい》チャマのおめざ[#「おめざ」に傍点]を、いただきに行ったのよ……ソウチタラネ……」
 と云いさして女の児は息を切らした。
「ホホホ……チュウチュが引いていたのですか」
 女の児は一層眼を丸くして頭を振った。
「……イイエ。お母チャマ……ソウチタラネ……お部屋の中が泥ダラケなのよ……」
「……エ……」
 若い女性は顔の色をなくした。女の児の顔をシゲシゲと見下した。
「……ソウチタラネ……アノお人形のお姫《ひい》チャマのお枕元に、大きい、白《ちろ》い菊の花が置いてあったのよ」
「……まあ……」
 といううちに若い女性は唇の色までなくしてしまった。その唇の近くで白い指先をわななかしながらすぐ傍の芝生の上に残っている輪形の鉢の痕跡《あと》を見まわしていたが、やがて
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