で馬鹿にされ、オモチャにされつくしたまま、ミジメに投げ出されている彼自身を、ヒイヤリとした芝生の上に発見して、泣く事も、笑う事も出来ない気持ちになってしまった。極度にタタキ付けられた選手のように、スッカリ混乱してしまったまま……両脚を投げ出して、後手《うしろで》を突いたまま……腹立たしい菊の花の芳香《におい》を、いつまでもいつまでも呼吸していた。

 しかし、そのうちに彼はヤットの思いで立ち上った。手も力もなく蹌踉《よろめ》きながら、はだかった胸を掻き合わせて、露深い草の上に落ちたマキリを探し当てて、懐中《ふところ》の鞘《さや》に納めながら、花壇の方向へスタスタと立ち去ろうとした……が……又もピッタリと立佇《たちど》まって振り返った。石柱の下に静まり返っている白菊の鉢を見返りながら腕を組んで考え込んだ。混乱した頭を鎮《しず》めよう鎮めようと努力した。
 ……俺はここへ何をしに来たんだ。……そうして……このまま帰ったら俺は一体どうなるんか……。
 やがて彼は闇の中でガックリとうなずいた。
 忽ちツカツカと石柱の根元に歩み寄って、盛り上った白菊の鉢に両手をかけた。
「……エエ糞《くそ》……このまま帰ったら俺あ型なしになるんだぞ……畜生。どうするか見よれ」
 とイキミ声を出しながらジワジワと鉢を持ち上げかけた。
「俺が来た証拠だ……畜生……」
 それは疲れ切った、空腹の彼にとっては、実に容易ならぬ大事業であった。大の男が二人がかりでもどうかと思われる巨大な白菊の満開の鉢を、ヤットの思いで胸の上まで抱え上げるうちに、彼の全身は、新しい汗で水を浴びたようになった。その夜露と泥とで辷《すべ》り易くなった鉢の底を、生命《いのち》カラガラ肩の上に押し上げて、よろめく足を踏み締めながら、外廊下のマットの上を一歩一歩と階段に近づいて行った時に彼は、幾度も幾度も今度こそ……今度こそ気が遠くなって、引っくり返るのじゃないかと危ぶんだ。
 彼はそれから一歩一歩と、無限の地獄に陥《お》ち込むような怖ろしい思いを繰り返しながら、石の階段を登って行った。それから開け放されたままの扉《と》の中へ、中腰のままジリジリと歩み入って、向うの窓際まで一歩一歩と近づいて来ると、両足を力一パイ踏み締めて立ち佇《どま》った。
 彼は肩の上に喰い込んでいる菊の鉢を、そのまま、眠っている少女の頭部《あたま》めがけて投
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