みると、眼と口を真白く見開いて、声のない高笑いを笑いながら、おもむろに仄暗い丸天井を仰ぎ見た。
それはさながらに鉄の檻《おり》を出た狂人の表情であった。
彼は何の躊躇もなく悠々と寝台に近寄って、薄い黄絹を引き捲くった。白いレエスに包まれている少女の、透きとおった首筋の向う側に、イキナリ右手のマキリを差し廻わしながら、左手でソロソロと緞子の羽根布団をめくった。同時にモウ一度、彼独特の物凄い笑いを、顔面に痙攣《ひきつ》らせた。
「……エヘ……エヘ……声を立てる間《ま》はねえんだよ。ええかねお嬢さん。温柔《おとな》しく夢を見ているんだよ……ウフウフ……」
それから返り血を避けるべく、羽根布団を引き上げながら、すこしばかり身を背向けた。……すると……そうした気持ちにふさわしくそこいら中がモウ一度、彼の耳の中でシンカンとなった。
……その一刹那であった。
少女の枕元に当る大きな硝子《ガラス》窓の向うを、何かしら青白いものが、一直線にスウーと横切《よぎ》って行った。
彼はハッとしてその方向を見た。少女の首筋からマキリを遠ざけながら首を伸ばした。
……今まで気が付かなかったが、薄い黄絹の帷越《とばりご》しによく見ると、窓の外は一パイの星空であった。今の青白い直線は、その星の中の一つが飛び失せたものに相違なかった。それに連れて……やはり今まで気が付かなかった事であるが、どこか遠く遠くの海岸に打ち寄せるらしい深夜の潮の音が、微《かす》かに微かに硝子窓越しに聞えて来るのであった。それは、おおかた彼自身が、知らず知らずのうちに高い処へ来ていたせいであったろう……。
彼は緊張し切った態度のまま、その音に耳を澄ました。それから、やはりシッカリした身構えのうちに少女の寝顔と、右手のマキリを見比べた。
部屋の中に漾《ただよ》うている桃色の光りを白眼《にら》みまわした。
その光りが淀《よど》ませている薄赤い暗がりの四方八方から、彼に微笑《ほほえ》みかけている、あらゆる愛くるしい瞳《め》と、唇の一つ一つを念入りに眺めまわしているうちに、又もギックリと振り返って、窓の外の暗黒を凝視した。
……その時に又一つ……。
……ハッキリと星が飛んだ……。
……銀色の尾を細長く引いて……。
彼は愕然《がくぜん》となった。魘《おび》えたゴリラのように身構えをし直して、少女の顔を振り返っ
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