とした。頭の毛がザワザワと駈け出しかけて又止んだ。
 丸|卓子《テーブル》の向うの仄《ほの》暗い右側には、黝《くろ》ずんだ古代|雛《びな》……又、左側には近代式の綺羅《きら》びやかな現代式のお姫様が、それぞれに赤い段々を作って飾り付けてある。その中央の特別に大きな、高い窓に近く、こればかりは本式らしい金モールと緋房《ひぶさ》を飾った紫緞子《むらさきどんす》の寝台が置いてあって、女王様のお寝間《ねま》じみた黄絹《きぎぬ》の帷帳《とばり》が、やはり金モールと緋房ずくめの四角い天蓋《てんがい》から、滝の水のように流れ落ちている。その蔭に仄見えている白絹らしい掛布団から、半分ほど握り締めた左手の手首が覗《のぞ》いている。……それが、どうやら七八ツばかりの、生きた女の児《こ》の手首に見えるのであった。
 その無心な可愛らしい手首を見ているうちに虎蔵はやっと吾に帰った。同時に、生汗に冷え切った全身がゾクゾクとして来た。……この部屋の全体が含んでいる不可思議な意味と、この部屋の主人公の正体が、同時にわかって来たような気がしたので……。

 虎蔵は自分でも気付かないうちに身を屈《かが》めていた。床の上の華麗《はなやか》な露西亜《ロシア》絨氈《じゅうたん》の上に腹匍《はらば》いになって、ソロソロとその寝台の脚下《あしもと》に忍び寄って行った。何故《なぜ》ともわからない焦燥を感じながら……。
 ……それはこの部屋の女主人公《ヒロイン》と思われる緞子《どんす》の寝台の主《ぬし》が、果して自分の推量通りに生きた女の児に相違ないか……それとも、やはり、ほかの人形と同様の飾り物に過ぎないかどうかを、是非とも一度たしかめてみたい……というような彼一流の無智な、盲目的な好奇心に、彼自身が囚《とら》われていたせいかも知れない。又は現在、極度に鋭敏になっている彼の嗅覚《きゅうかく》が、その寝台の方向からほのめいて来るチョコレートのような、牛乳のような、甘い甘い芳香《ほうこう》に誘われたせいであったかも知れないが……。
 彼は丸|卓子《テーブル》の蔭を、寝台の一|間《けん》ばかり手前まで匍って来ると、ソ――ッと顔を上げてみた。思ったよりも薄暗い、寝台の中に瞳を凝らした。
 彼は今更のように固唾《かたず》を嚥《の》んだ。
 それは夥しい、美しい黄金色《こがねいろ》の渦巻毛《カール》を、大きな白麻《しろあさ
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