し蘭法|附木《つけぎ》の火、四方に並べし胡麻《ごま》燈油の切子硝子《きりこ》燈籠《とうろ》に入れば、天井四壁一面に架け列《つら》ねしギヤマン鏡に、何千、何百となく映りはえて、二十余畳にも及ぶべき室内、さながらに白昼の如く、緞子《どんす》の長椅子、鳥毛《とりげ》の寝台、絹紗の帳《とばり》、眼を驚かすばかりなり。又青貝の戸棚に並びたるは珍駄婁《ちんだる》の媚酒、羅王中《ロワンチユン》の紅艶酒。蘇古珍《スコチン》の阿羅岐《アラキ》焼酎。ギヤマン作りの香煙具。銀ビイドロの水瓶。水晶の杯なぞ王侯の品も及ばじな。前の和尚の盗み蓄《たくは》めにやあるらむ。金銀小判大判。新鋳の南鐐銀のたぐひ花模様絨氈の床上に散乱して、さながらに牛馬の余瀝《よれき》の如し。
そが中に突立ちたる奈美女は七宝の大香炉に白檀の一塊を投じ、香雲|縷々《るゝ》として立迷ふ中より吾をかへりみて、かや/\と笑ひつゝ、此の部屋の楽しみ、わかり給ひしかと云ふ。
流石《さすが》のわれ言句も出でず。総身に冷汗する事、鏡に包まれし蟇《がま》の如く、心動顛し膝頭、打ちわなゝきて立つ事能はず。ともかくも一度、方丈に帰らむとのみ云ひ張りて、逃ぐ
前へ
次へ
全60ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング