家元の世襲制度
家元の世襲制度には実子後継と養子後継と二種類ある。実子後継の方は、どうにも工合がわるいらしい。どんな名人でも実子が自分の天分を受け継いでいるとは限らない。受け継いでいるように見えても実は単に、見慣れ聞き慣れ、見よう見真似に過ぎなかったりする。本当に受け継いでいるにしても、親の贔屓《ひいき》目という本能が邪魔をして徹底した教育鍛練が行われ難い。又、子は子で、親の威光や、お譲りの名前や技巧に依頼する心が無意識に働らくので、修業に弛《ゆる》みが出来るらしい。吾が子を思い切り仮借せずに鍛い上げた例話が芸界の美談として残っているが、その間にも親子の情愛が動くのは止むを得ない。純一な芸道教育にまで徹底し得なかった消息がたやすくうかがわれる。
これに反して養子制度の方は工合よく行くもののようである。ここに一人の名人があって、能楽はかくあるべきものと信じて苦心研鑽をして来た結果、前途に疑いもない大光明を認め、遂に一流の開祖となって旧来の各流と相対峙し、弟子を養い、流風を宣揚するとする。同時にその人は当時第一流の芸術家や名僧智識達にも容易に理解されない程の深遠な芸術の哲理を体得
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