叔父と伊奈子の死骸を突きつけられた時も、彼女が叔父の妾《めかけ》であったという事以外に何一つ知らないと云い切った。そうして未決監で正月を済ますと間もなく証拠不充分で釈放された。その間の寒さは私の骨身にこたえ[#「こたえ」に傍点]た。
 霜の真白な町伝いに取引所前の店に帰ってみると、表の扉《と》は南京錠をかけたままになっていた。私はとりあえず支那料理屋に電話をかけると、すぐに二階に上ってなつかしい葉巻の煙に酔いつつこの遺書《かきおき》を書き始めた。
 しかし私は、三週間ばかり前から大評判になっている「檜《ひのき》御殿」の謎を解く目的でこの筆を執《と》ったのではない。同時に私が監房の中で自殺を決心したのは、一文無しになった自分の前途を悲観したからではない。
 又は、
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 ……叔父も伊奈子もシンカラの悪魔ではなかった。彼等を眩惑して悶死させながら、平気で冷笑していた私こそ……ホントウの……生れながらの悪魔であった……。
[#ここで字下げ終わり]
 という事をシミジミ自覚したからでもない。
 伊奈子の恐ろしい死に顔を見た瞬間に、彼女の真実を知ったからであった。
 眼に見え
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