「……ハ……どうかお願い致します……では失礼を……」
青木氏の声は落ち付いてはいたが、その口調には明らかに狼狽した響きが含まれていた。ことに依ると青木氏も叔父と同様に浜村銀行に預金しているのかも知れない。面白いな……と私は微笑しつつ電話を切った。そうしてまだ睡い眼をコスリコスリ、今|一《ひと》寝入りすべく二階へ帰ろうとすると、暗い梯子段に足を踏みかけぬうちに、又電話口に呼び返された。
「オーイ。交換手……切ってくれエ。話は済んだんだア」
「モシモシ……あなたは愛太郎さん?」
「ナアンだ……伊奈子さんか……ちょうどよかった……今どこからかけているの……」
「公園の中の自動電話よ」
「フーン。何の用?……」
「……あのね……昨夜《ゆうべ》妾《わたし》が帰ったらね……叔父さんが帰っていたの……」
「フーン。それで……」
「……あのね……そうしたらね……今朝《けさ》から様子が変になったの」
「……どうして……」
「……あのね……妾……アノお薬を服《の》ませるのを四五日前から止していたの……大阪へも何も入れないカクテールを持たして上げたの……そうして昨夜も同じのを、あたためて上げたのよ」
「
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