意に金切声をあげた彼女は、血相をかえて掴みかかりそうになった。私はそれを避けようとしてドブリと湯の中へ落ち込んだが、その拍子に鼻の穴から湯が這入ったのを吐き出そうとして、烈しく噎《む》せびながら湯の中に突立った。肩から胸へかけて薄い寒さを感じつつ、濡れた髪毛《かみのけ》を撫で上げ撫で上げやっとの事で眼を見開いた。
 見ると彼女は蛇紋石《じゃもんせき》の流し場に片手を支《つ》いたまま、横坐りをして、唇をシッカリと噛んでいた。エバを取り逃がした蛇のように鎌首を擡《もた》げて、血走った眼で私を睨み上げていたが、やがて、怨《うら》めしそうに切れ切れに云った。
「……あたしの気持ちはわかっている癖に……あなたがソンナ悪党ってことは……妾《あたし》……きょうが今日まで知らなかったわ……にくらしい……」
 こう云いながら彼女は又も、その大きな眼をグルグルさして、二三度入口の方を振り返った……と思うと不意に、スックリと立ち上って、無手《むず》と私の両手を掴みながら、抱き寄せるようにして湯の中から引っぱり出した。石甃《いしだたみ》の上をダブダブと光り漂う湯の上に、膝を組み合わせる程近く引き寄せて、私の首
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