睨み付けている彼女の視線をハッキリと感じながら、私は静かに眼を閉じた。
 湯気が一しきり濛々《もうもう》と湧き出した。その中に彼女はヒッソリとうなだれたまま、何かしらしきりに考えているようであったが、やがて深い、弱々しいため息を一つすると又口を利き出した。甘えるような……投げ出すような口調で……。
「……あなたって人は……ほんとに仕様《しよう》のない人ね」
「……ウーン……どうせヤクザモノさ」
「だけど……」
「何だい……」
 私は追いかけるようにこう云いながら心もち冷笑を含んで彼女を見上げた。その私の視線を彼女はチラリと流し眼に見返したが、やがてウッスリと眼を伏せると、独りでつぶやくように唇を動かした。
「叔父さんはね……もうじき死んでよ」
「フーン……どうして?……」
 と、私は一層冷笑したい気持ちになって、彼女を見上げ見下した。こんな女にも何かしら直覚力があるのかと思って……。しかしその視線を横眼でジッと見返した彼女の全身には、私の冷笑と闘うべく、あらん限りの妖艶さが一時に夕栄《ゆうば》えのように燃え上って来たかのように見えた。彼女の頬は生娘《きむすめ》のような真剣さのために火の
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