する事も出来なくなったのであった。
私は、いつの間にか新聞も小説も読まなくなって、二階の万年床に引っくり返りながら、葉巻ばかり吹かせるようになっている事に気が付いた。今までは架空の小説ばかり読んでいたのが、今度は、自分自身に怪奇小説の中に飛び込んで、名探偵式の活躍を演出しなければならぬ役廻りになって来た事を、ある必然的な運命の摂理ででもあるかのように繰り返し繰り返し考えた。そうするとその都度《たび》に胸が微かにドキドキして、顔がポーッと火熱《ほて》るような気がしたのは今から考えても不思議な現象であった。
私は叔父の財産を惜しいとも思わなければ、伊奈子の辣腕《らつわん》を憎む気にもなれなかった。あの真赤に肥った、脂肪《あぶら》光りに光っている叔父の財産が、小さな女の白い手で音もなくスッと奪い去られる。……あとで叔父がポカンとなって尻餅を突いている……という図は寧《むし》ろ私にとって、小説や活動以上に痛快な観物《みもの》に違いなかった。私が空想の世界でしか実現し得ない事を、彼女が現実世界でテキパキと実現して行く腕前の凄さに敬服する気持ちさえも、私の心の底に湧いて来るのであった。
けれ
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