態度で、さしむきながら聞いているにはいたが、しかし内心は飽き飽きしているらしく、叔父の話が自分達|母子《おやこ》と全く無関係である事を、特に私にだけコッソリと知らせたがっている気持ちが、その溜め息のし工合いや、白い絹ハンカチの弄《もてあそ》びようだけでもアリアリと察しられたので、私は何故かしらホッと安心させられたように思った。そうしてあとには大袈裟《おおげさ》な身ぶりを入れて喋舌っている叔父の、滑稽なくらい真剣な表情だけが印象に残ってしまった。
「……だから……おれは近いうちに、伊奈子と二人で家を借りて住むつもりだ。今までみたいに待合《まちあい》にばかり泊っていちゃ、伊奈子のためにならないからナ。ハハハハハ」
 叔父はお終《しま》いに、こう云って笑いながら壁に掛けたパナマ帽子の方へ手を伸ばした。
 すると……その瞬間に、流石《さすが》の私もハッとさせられた事が起った。それは今の今までつつましやかにうつむいていた伊奈子が大きな眼で上眼《うわめ》づかいに私を見て、頬をポッと染めながらニッコリと笑って見せたからであった。しかも、その眼つきや口元の表情が、ほんのチョットの間《ま》ではあったが、
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