と共に、叔父の肉体も亦、いよいよ丸々と脂切《あぶらぎ》って、陽気な色彩を放って来た。その頭はますます禿げ上った。叔父はそれを撫で上げ撫で上げ人と話した。
 私はそれと正反対に益々青白く瘠せこけて行った。そうして黒い髪毛《かみのけ》ばかりが房々と波打って幽霊のように延びて行ったが、それを両手で掴んだり引っぱったりして、何ともいえない微妙な手ざわりを楽しみつつ、金口《きんぐち》の煙草を吸って、小説や雑誌を読むのが私の無上の楽しみであった。私にとっては恋なぞいうものは、空想の世界の出来事に過ぎなかった。又は、錯覚と誇張とで性慾を飾ろうとする一種の芝居としか考えられなかった。私の初恋とも云えば云えるであろう彼《か》の、大東汽船の美人画に向って微笑し合っているうちに、時折り思い出したように感ずる胸のトキメキ以外には、本当の恋が存在しようなぞと夢にも思わなかった。私は純然たるなまけもの[#「なまけもの」に傍点]になった。
 一方に私の俸給はグングンとセリ上って、とうとう二百五十円まで漕ぎ付けた。叔父はそれを私独得の「相場の予感に対する口止め料」であるかのように云い聞かせていたが、実は、私という福の
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