《なだ》れ込んで、店の中から表の往来まで一パイの人になった。私は私でそのさなかに電話口に突立って、八方からかかって来る吉報に転手児舞《てんてこまい》をしなければならなかった。
「……米国某新聞系大手筋のキューバ糖大買占め……紐育《ニューヨーク》の砂糖が一躍暴騰して、砂糖節約デーの実施運動起る……」
 という国際電報が掲載されたのは、その翌日の夕刊のことであった。

 叔父は一躍して相場師仲間の大立物になった。出入りするお客の数《すう》は三倍位になった。田舎の出米《でまい》の相場を直接に聞くようになったために電話の忙がしさは数倍に達した。けれども叔父は電話機も殖《ふ》やさなければ店も拡張しなかった。ただ私の手当てを一躍五十円に引き上げたほかに、私がトックの昔に忘れていた、親孝行に対する新聞社の同情金を叔父が保管していたものが、元利合計二百何円何十何銭かになっていたので、プラチナの腕時計を一個買って下げ渡してくれただけであった。
 しかし叔父はそれから後《のち》、私に電話以外の用事を絶対に云いつけなくなった。新しい通勤の給仕を一人置いて今までの私の雑務を引き継がせると同時に、各地方の相場を
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