の相場主任猪股氏はきょうの後場で買いにまわっている事が、たった今電話の混線で……」
 ここまで書いた時叔父は、私の手をピッタリと押えた。茫然と血の気《け》を失ったまま、素焼の瀬戸物みたいな表情で私の顔を見た。そうしてブルブルとふるえる手で、その便箋の一枚を掴んで空間を睨みつつ、腰を浮しかけたが、又、ドッカと椅子に腰を下して瞑目一番したと思うと、今度は猛虎のように決然として立ち上って、掴みかかるように私を押し除《の》けると自分自身に電話口へ獅噛《しが》みついた。各地の銀行や仲買店を次から次に汗だくだくで呼び出しつつ、資力の続く限り製糖株を買いにまわった。そうして店の者が呆《あき》れた眼を瞠《みは》っている中をフラフラと取引所へ出て行って、その日の後場でメチャメチャに暴落した製糖株を買って買って買いまくった。人々は叔父を発狂したと云っていたそうである。
 けれども、それから中一日置いてあくる日の前場《ぜんば》の引け頃になると、取引所の中に一騒動が起った。叔父は寄ってたかって胴上げにされて、這《ほ》う這うの体《てい》で店の中に逃げ込んで来た。そのあとから「万歳万歳」という声が大波のように雪崩
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