茶だの菓子だのを取り寄せながら、私の枕元で夜遅くまで芝居や活動の話をしいしい、何の他愛もなくキャッキャと燥《はしゃ》いで帰って行ったので、私は妙に興奮してしまって夜明け近くまで睡れなかった。そうしてヤットの思いでウトウトしかけたと思う間もなく、長距離らしい烈しい電話のベルに呼び立てられたので、私は寝床に敷いていた毛布を俥屋《くるまや》のように身体に纏いながら、半分夢心地で階段を馳け降りると電話口に突立った。序《ついで》に寝ぼけ眼《まなこ》で店の柱時計をふり返って見たら午前七時十分前であった。
「……モシモシ……モシモシ……四千四百三番ですか……大阪から急報ですよ……お話下さい……」
「……オーッ。青木かア!……何だア!……今頃……」
「……アアモシモシ。君は児島君かね……」
「イイエ違います。児島愛太郎です……」
「……ヤ……御令息ですか。失礼いたしました。私は青木商店の主人で藤太《とうた》と申します。まだお眼にかかりませんが、何卒《どうぞ》よろしく……エエ……早速ですが、お父様のお宅にはまだ電話が御座いませんでしたね……ああ……さようで……では大至急お父様にお取次をお願いしたいのですが、実は大変にお気の毒な事が出来まして……」
「……ハア……どんな事でしょうか……」
「もうお聞きになったかも知れませんが、中ノ島の浜村銀行が今朝《けさ》、支払停止を貼り出しました……」
「ハア……そうですか」
「頭取の浜村君と、支配人の井田君は昨夜からその筋へ召喚されておりますので、預金者は皆途方に暮れているのです」
「ナルホド」
「あなたのお父様と同銀行とは、兼ねてから深い御関係になっておられる事を承っておりましたので、取りあえずお知らせ致しますが……実は折返して今一度、至急に御来阪願いまして、その事に就いて御相談致したいと存じますので」
「どうも有り難う御座います。すぐに取次ぎます」
「どうかお願い致します。そうして出発の御時間を、すぐにお知らせ願いたいのですが……甚《はなは》だ恐縮ですが……」
「かしこまりました。しかし叔父はまだ、昨夜まで自宅に帰っておりませんので……」
「ハハア。……ナルホド……それは困りましたな……エエトそれではどう致したら……」
「ハイ。けれども昨晩までには帰ると申しておったのですから、事によるともうじき店に来るかも知れません。そうしたら間違いなく……」
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