かのように、鼻の先の薄暗い空間を睨み付けてギリギリと歯ぎしりをしながら、骨と皮ばかりの手を振り上げて鉄鎚をグワンと打ちおろす真似をして見せる事もあったが、その顔の方がよっぽど恐ろしくて、活動に出て来る悪魔ソックリに見えたので、私はいつも子供心に一種の滑稽味を感じさせられた。親父は悪魔を取り違えているのじゃないか知らんと思って……。
 親父が悪魔と云っているのは、親父の実の弟で、私にとってはタッタ一人の叔父に当る、児島良平という男であった。何でもその叔父というのは、よっぽどタチの悪い人間で、若いうちから放蕩に身を持ち崩したあげく、インチキ賭博の名人になって、親類や友達から見離されていたが、私が三つか四つの年に親父が喘息《ぜんそく》にかかって弱り込むと間もなく、上手に詫を入れて出入りをするようになった。……と思う間もなく今度は相場師になって身を立てるというので、言葉巧みに親父を誑《たら》し込んで、祖父《じじい》の代から伝わった田地田畠《でんちでんぱた》を初め銀行の貯金、親父の保険金なぞいうものを根こそげ捲き上げてしまったあげく[#「あげく」に傍点]、美しいばかりで智慧の足りない私の母親を連れてどこかへ夜逃げをして終《しま》ったというのである。親父の結核性の喘息が非道《ひど》くなったのもその叔父のせいだし、親類や友達に見限られて、コンナ貧民窟に潜り込んで、死ぬのを待つばかりの哀れな身の上になったのもその叔父のお蔭だという。その中にどうにかこうにか私が育って、やっと十三になったと思うと、惜しい小学校を中途で止して、広告屋の旗担《はたかつ》ぎ、葬式の花持ち、活動のビラ配り、活版所の手伝いなぞと次から次へ転々して、親を養わなければならなくなったのもその叔父のせいだ……だから俺が生きているうちにその児島良平という叔父を見付け出したら、すぐに鉄鎚で頭をタタキ潰さなくちゃいけないぞ。良平という奴は生れながらに血も涙もない奴で、誰の家《うち》でも手当り次第に破滅させて、美味《うま》い汁を吸うのが専門の悪魔なのだ。生かしておけばおく程、国家社会のためにならない人間だからナ。彼奴《あいつ》を殺せばどれくらい人助けになるか知れない……イイカ。キット遣《や》っつけるんだぞ。罪はみんな俺が引き受けてやるからナ……それが俺の人助けの仕納《しおさ》めだ……なぞと親父は毎日のように云って聞かせたので、
前へ 次へ
全35ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング