隅の常春藤《きづた》に蔽われたバンガロー風の小舎には燈火《ともしび》がアカアカと灯《とも》って、しきりに人影が動いている。
非常な勢いで帰って来た江馬兆策が、妹の出したお茶も飲まない無言のまま、ガタンピシンと戸棚を引開けて、あらん限りの服、帽子、靴、ズボン吊、トランクを引ずり出して旅支度を初めたのを、妹の美鳥《みどり》がしきりに心配して止めているのであった。
「まあ……お兄様ったら……気でもお違いになったの……」
「感謝《コオマプソ》感謝《コオマプソ》。心配しなくたっていいんだ。気も何も違ってやしない」
「だってイツモのお兄様と眼の色が違うんですもの……まるで確証を握ったシャロック・ホルムズか義憤に猛り立つアルセエヌ・ルパンみたいよ。ホホホ。どうなすったの……一体」
「黙って見てろったら。非常な重大事件だから……お前が関係しちゃイケナイ問題なんだから絶対に局外中立の態度で、黙って見てなくちゃイケナイ重大事件なんだからね」
「わかっててよ。それ位の事……轟さんのお家《うち》の事でしょう」
「そうなんだよ。ホントの犯人がわかりそうなんだよ。そいつを僕が突止める役廻りになったんだよ」
「だ
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