けていたんだ。コレ。この通り、椅子の背中に少しばかり血が附いとるじゃろう。被害者轟九蔵氏が、昨夜遅く机にかかって仕事をしている最中に、犯人が背後から抱き付いて、心臓をグッと一突き殺《や》ったらしいんだ」
「仲々|手練《てだれ》な事をやったもんですなあ」
「ピストルを使わぬところを見ると犯人も何か後暗い疵《きず》を持っていたかも知れんテヤ」
「さあ。どんなものでしょうか」
「とにかく尋常の奴じゃないよ。急所を知っとるんじゃから」
「兇器は……」
「兇器は今、署へ押収してあるが、新聞にも掲《で》ている通りこの机の上に在った鋭い、薄ッペラな両刃《もろは》のナイフだよ。僕もその死骸に刺さっとる実況を見たがね。左の乳の下から背中へ抜け通ったままになっていた。ホラこの通りこの血の塊《かた》まりの陰にナイフの刺さった小さい痕《あと》があるじゃろう」
「刺し方が猛烈過ぎやしませんか」
「むろんだとも。相当、兇悪な奴でも不意打にコレ程深くは刺し得ない筈だよ。それに死骸の表情が非常に驚いた表情じゃったし……」
「ヘエ。殺された当時の表情は、やっぱり死骸に残るものですかなあ。よく探偵小説なんかに書いてありま
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