か。仕事は一切私が自分でしますから……」
「出来ましょうか貴女に……」
「一度ぐらいなら訳ありませんわ。小さな劇場《こや》ですもの……いつもの通りの手順に遣るだけの事よ。チョロマかされたってタカが知れてますわ」
「資金《おかね》はありますか」
「十分に在ってよ。在り余るくらい……」
「意外ですなあ……どこに……」
「どこに在ってもいいじゃないの……とにかく貴方は今度だけ御客様よ。招待券の二三枚ぐらい上げてもいいわ……ホホ……神戸の後家さん親娘《おやこ》でも引っぱってらっしゃい」
「ジョ……冗談じゃない」
「そうよ。冗談じゃないのよ。真剣よ……妾……それまで処女を棄てたくないんですからね」
「ショ……ショジョ……」
「まあ何て顔をなさるの。妾が処女じゃないとでも仰言るの。ずいぶん失礼ね」
「イヤ。ケ……決してソンナ訳では……」
「そんなら温柔《おとな》しく妾の云う事をお聞きなさい。そうしてモウ時間ですからこの室[#「この室」に傍点]を出て行って頂戴……」
事件当夜……八月四日の呉服橋劇場は、非常な不入りであった。その日の夕刊を見た人々は皆、当然の休場を予想していたらしく、毎日の定収入
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