……貴女《あなた》は……いつも御主人の眼を忍んで……あの劇作家《せんせい》と……」
「そ……それはあの凡クラの劇作家《せんせい》に、次の芝居の筋書を教えるためなのよ。次の芝居の筋書の秘密がドンナに大切なものか……ぐらいの事は、貴方だって御存じの筈じゃありませんか。……ダ……誰があんなニキビ野郎と……」
そう云ううちに呉羽は見る見る昂奮が消え沈まったらしく、以前の通り長椅子に両脚を投出した。今度は何やら考え込んだ、一種のステバチみたような態度に変ってしまった。そうした態度の変化には何となく不自然な、わざとらしいものがあったが、しかし笠支配人は満足したらしかった。モトの通りに落付いた緊張した態度で、ジッと呉羽の横顔を凝視《みつ》めた。
「それじゃ何ですね。貴女《あなた》は、轟さんに結婚の希望を拒絶されて、立腹の余りに轟さんを殺されたんじゃないんですね」
呉羽はサモサモ不愉快そうに肩をユスリ上げて溜息をした。
「失礼しちゃうわねホントニ。いつまで云っても、同じ事ばっかり……執拗《しつこ》いたらありゃしない。ツイ今|先刻《さっき》貴方と二人で大森署へ行って、犯人に会って来た計《ばか》りじゃ
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