ず》いた。笠支配人も一つゴックリとうなずいて膝を進めた。
「一体|貴女《あなた》が結婚したいと仰言るのは誰ですか。ハッキリ仰言って頂けませんか。この際……」
「……………」
「アノ……アノ……創作家の江馬[#底本では「司馬」と誤記]兆策じゃないのですか」
「……………」
「どうも貴女《あなた》はあの男と心安くなさり過ぎると思っておりましたが……」
笠支配人の態度と口調が、だんだん積極的になって来るに連れて、呉羽はイヨイヨ長椅子の中へ頽折《くずお》れ込んで行った。白手柄《しろてがら》の大きな丸髷《まるまげ》と、長い髱《たぼ》と、雪のように青白い襟筋をガックリとうなだれて、見るも哀れな位|萎《しお》れ込んでいるのを見下した支配人はイヨイヨ勢付いて、ここまでノシかかるように云って来ると、又もや呉羽は突然に真白い顔を上げた。眉をキリキリと釣上げてハネ返すように云った。
「ケ……穢《けが》らわしいわよッ……ア……アンナ奴……」
「……でも……でも……」
笠支配人は度を失った。憤激《いかり》の余り肩で呼吸をしている呉羽の見幕に辛うじて対抗しながら、真似をするように息を切らした。
「でも……でも
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