真正面に正座して、唇をキリキリと噛んだまま睨み付けた。心持ち青味を利かした次の幕のメーキャップが一層物凄く冴え返った。カスレた声が切れ切れに云った。
「……それを……どうして……知ってらっしゃる」
笠支配人は鬼気を含んだ相手の美くしさに打たれたらしかった。テラテラした脂顔《あぶらがお》の光りを急に失くして、両手をわなわなと握合わせながら腰を浮かした。
「……そ……それは……ソノ……轟さんから聞きました。四五日……前の事です。轟さんは、思案に余って御座ったらしく、私に二度ばかりコンナ話をされたのです。劇場《ここ》の地下食堂で轟さんと二人切りになった時です」
呉羽が深くうなずいた。すこし張合が抜けたらしかった。
「あなたが探り出した訳じゃないんですね」
「そうです。轟さんから直接に聞いたのです。クレハは俺を見棄てて結婚しようと思っている。しかし俺はあのクレハを度外視《ぬきに》してこの劇場をやって行く気は絶対にない。クレハの結婚は俺にとって致命傷だ。俺はドンナ事があってもクレハの結婚を許す気にならん……とこう云われたのです」
「……………」
「そうして昨日《きのう》、二人で自動車で出かけ
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