時間ばかり前に大学から通知が来たそうだ」
「ナ……何時頃ですか」
「今朝《けさ》の三時半、乃至、四時半頃だというんだ」
文月巡査の手からマッチと煙草が落ちた。猪村巡査の顔を凝視したまま唇をわななかした。
「ハハハ。よっぽど驚いたらしいね。ハハハ。小説や新聞の読者に云わせたら、女優を縛った方が劇的で面白いかも知れんがね。そうは行かんよ。犯人と轟九蔵氏との間には、何か知らん重大な秘密がある。だから一度出て行った犯人は轟九蔵氏の密告を恐れて引返し、推定の時刻に兇行を遂げて立去ったものとしたらドウだい。探偵小説にならんかね。ハハハハハ……」
笑殺された文月巡査は、いかにも不満そうに落ちた煙草を拾い上げると、腕を組んで椅子の中に沈んだ。眼の前の空気を凝視して、夢を見るようにつぶやいた。
(探偵小説……小説としても……事実としても……何だか間違《まちがい》ダラケのような危なっかしい気がしますなあ。ホントの犯人は別に在りそうな気が……)
「困るなあ。君にも……何でもカンでも迷宮みたいに事情がコンガラガッていなくちゃ満足が出来ない性分だね。犯人が意外のところに居なくちゃ納まらないんだね君は……」
前へ
次へ
全142ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング