すと、眼を真赤にして云っていたがね。呉羽嬢は……」
「今何を演《や》っているのですか」
「何を演《や》っているか知らんが……アッ。そうそう。大森署へ切符を置いて行きおったっけ……新四谷怪談とか云っていたが……」
「ヘエ。そうするとアトはその犯人を捕まえるダケですね」
「そうだよ。相当スゴイ奴に違いないよ」
「そうすると疑問として残るのは……」
「疑問なんか残らんじゃないか」
「イヤ。これは僕が勝手に考えるんですがね。第一は被害者の轟九蔵氏が、その犯人を迎え入れた心理状態……」
「それは犯人を取調べればわかるじゃろ」
「第二が、その屍体に現われた無抵抗、驚愕の状態……」
「無抵抗とは云いはしないよ」
「けれども事実上、無抵抗だった事はわかっているでしょう。そんな場合には無抵抗の表情と驚愕の表情とは同時に表現され得るものですし、同じ意味にも取れない事はないでしょう。のみならず、そうした被害者の犯人に対する気持は机の曳出《ひきだし》に在ったピストルを取出さずに、犯人を迎え入れた事実によって、二重三重に裏書きされていやしませんか。犯人が被害者に対して、殺意を持っていなかった事を、被害者自身も洞
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