余程手早く遣るらしい。それからこの頃だと紅色の燃え立つような長|襦袢《じゅばん》に、黒っぽい薄物の振袖を重ねて、銀色の帯をコックリと締め上げて、雪のようなフェルト草履《ぞうり》を音もなく運んで浴室から出て来ると、とてもグロテスクで、物すごくて、その美くしさというものは、ちょうどお墓の蔭から抜け出た蛇の精か何ぞのような感じがする。恐怖劇の女優というが、真昼さなかに出合うてもゾーッとするのう……ハハハ……これは勿論、吾輩の感想じゃが……」
「見たいですねえ。ちょっと……そんなタイプの女は想像以外に見た事がありません」
「ハハハ。そのうち帰って来るからユックリと見るがええ。しかし惚れちゃイカンゾ」
「……相すみません……洋装はしないのですか」
「ウム。時々洋装もするらしいが、その洋装はやはり旧式で、帽子の大きい袖の長い、肌の見えぬ奴じゃそうなが、よく似合うという話じゃよ」
「ヘエ。それから今チョット不思議に思ったのですが、その呉羽嬢は湯殿の中からイキナリ盛装して出て来るのですか」
「そうらしいのう」
「妙ですね。そうすると平生着《ふだんぎ》というものを持たない事になりますね。……つまり外に出
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