婆《しゃば》に生き永らえまして、おなつかしい皆様に今一度、斯様《かよう》な舞台姿で、お目にかかる事が出来たので御座います」
「芝居だ芝居だ」
「スゴイスゴイ……」
「ああ……たまらねえ」
 満場の人々のタメ息が一瞬間笹原を渡る風のように渦巻きドヨめいて直ぐに又ピッタリと静まった。
「……けれども皆様お聞き下さいまし。私は、こうして大罪を犯してしまいますと、今一度、夢から醒めたような気持になってしまいました。静かに自分自身を振り返る事が出来るようになりました。男性として眼醒めました私は、今度は男性としての良心に眼醒め初めたので御座います。私のような鬼とも獣《けだもの》とも、又は蛇だか鳥だかわかりませぬような性格の人間が、あの女神のように清らかな美鳥さんに恋をするのは間違っている。私のこの血腥い呼吸が、ミジンも曇りのないアノ美鳥さんのお顔にかかってはいけない。私のこの爛《ただ》れ腐った指が、あの美鳥さんの清浄無垢の肉体《おからだ》にチョットでも触れるような事があってはならぬということを深く深く思い知りましたので、そうした私の心持を、ホンノ少しばかりでもいい、美鳥さんに理解《わか》って頂きた
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