袖口でシッカリと拭い上げてから、舞台正面、中央の青ずんだフットライトの前まで来ると、大きな眼をパチパチさせてビックリしたように場内一面の観衆を見まわした。……すると……その背後の天井裏から新調らしい、真白い緞子《どんす》の幕がスルスルと降りて来て、一切の舞台面を霧のように蔽い隠した。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒホホホホホホホホホハハハハハ……」
底の抜けるほど朗らかな、明るい呉羽の笑い声が、満場におののき渡った。
トタンに場内の片隅から、低いけれどもケタタマシイ、慌てた声が起った。
「芝居だよ芝居だよ。タカが芝居じゃないか。ビクビクするな。シッカリしろ……シッカリして舞台を……アッ。いけねえいけねえ。脳貧血脳貧血。チョット誰か……来て……」
そうした若い男の声が、一層モノスゴク場内を引締めた。
しかしその声の方向を振り向いて見る者すら居なかった。場内はさながらに数千の人間を詰めた巨大な花氷のように冷たく凝固してしまっていた。その中《うち》に呉羽の笑い声が今一度華やかに、誇りかに閃めき透り初めた。
「ホホホホホホハハハハハハ……。いかがで御座います皆様……おわかりになりまして? 轟九蔵
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