》だよ。前座は貴様か、貴様の娘でなくちゃ御免蒙るよ」
「それもよかろう。しかしまだ見物人が居らん。一人頭千円以上取れる会員が、少くとも二三十人は集まらなくちゃ、今まで貴様にかけた経費の算盤《そろばん》が取れんからな。とにかく油断するなよ」
「ハハハ。それはこっちから云う文句だ。貴様が金を持っている限り、俺は貴様を生かしておく必要があるんだ。俺はまだ自分の弗箱《ドルばこ》に手を挟まれる程、耄碌《もうろく》しちゃいねえんだからな……ハハンだ」
「文句を云わずにサッサと帰れ。俺は睡いんだ」
轟氏、生蕃小僧が出て行った窓をピッタリと閉め、床の上の足跡を見まわし、葉巻に火を付けながら何か考え考え歩きまわっている中《うち》に、微かな電鈴の音を聞き付け、
「ハテナ。電話かな」
とつぶやきながら廊下へ出て行く。入れ代って大きな白い手柄の丸髷に翡翠《ひすい》の簪《かんざし》、赤い長襦袢、黒っぽい薄物の振袖、銀糸ずくめの丸帯、白足袋《しろたび》、フェルト草履《ぞうり》という異妖な姿の呉羽が、左手の扉《ドア》から登場し、奇怪な足跡に眼を附け、一つ一つに窓際まで見送って引返し、机の上の小切手帳を覗き込んで
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