らして大ヨタなんだから……僕が夢にも思い付かなかった作り事なんだからね。今夜の演出がわかったらキット興行差止《チリンチリン》を喰うにきまっている」
「アラ。今夜のお芝居も駄目になるの」
「イヤ。そんな事はないだろう。ドンナに無茶な芝居を演《や》ったって、思想や風教や政治向に関係してない限り、その場で臨席の警官から差止められるような事は、今までに一度も例がないんだからね……問題は明日《あす》の芝居なんだが」
「呉羽さんは今晩一晩でウント売上げようと思っていらっしゃるんじゃないの。罰金覚悟で……」
「そうかも知れんね」
「そんならトテモ凄い興行師じゃないの」
「ウン。しかも、そればかりじゃないんだよ。あの女《ひと》は世界に類例のない偉大な女優であると同時に、劇作と犯罪批評の天才だよ。……同時に悪魔派の詩人かも知れないがね」
「あたし何だかドキドキして来たわ」
「暑いからだろう」
「イイエ。呉羽さんの天才が怖くなって来たのよ。ドンナ演出をなさるかと思って……」
こんなヒソヒソ話が進行しているのは一階正面中央の特等席であった。旅疲れのままで、一層、醜くくなった職工風の江馬兆策と、青白いワンピ
前へ
次へ
全142ページ中114ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング