関の扉《と》が開かない。おかしいなと思って、ここへ来て様子を見ているうちに、何もかも見てしまったんだがね……ヘヘヘ……何も心配しなくたっていいんだよ。呉羽さん。ちょうど、あっしが思っていた通りの事をアナタが遣ってくんなすったんだから、お礼を云いてえくれえのもんだ。お蔭であっしも奇麗サッパリと思い残すことがなくなりましたよ。ヘヘヘ……どうも、ありがとうがんす」
「……………………」
「ヘヘヘ。だから万一あっしが検挙《あげ》られたって、決して今夜の事あ口を割りやしません。アンタのしなすった事は、何もかもアッシが背負《しょ》って上げます。ドウセ首が百|在《あ》ったって足りねえ身体《からだ》なんだからね。ハハハ」
「……………………」
呉羽はピストルを取落しヨロヨロと後退《あとじさ》りして踏止まり、両袖を胸に抱き締めて一心に生蕃小僧の顔を見詰める。
「ハハハ。その代りにねお嬢さん。万が一にも、あっしが無事に逃走了《ふけおお》せたら、どこかで、タッタ一度でもいいから、あっしの心を聞いて下さいよ……ね……」
「……………………」
生蕃小僧はうなだれたまま神に祈るようにつぶやく。遠雷の音……。
「しかし、それあ、あっしみてえな人間にとっちゃ、及びもねえ事かも知れねえ。だから万一御用を喰っちまえあ、貴女《あなた》の罪を背負って行くのがタッタ一つの楽しみでさ。ヘヘヘ。あっしみてえな人間の心あ貴女《あなた》みてえな女《ひと》でなくちゃあ理解《わか》ってもれえねえからな」
「……………………」
生蕃小僧はチョット涙を拭いてニヤニヤと笑った。
「ヘヘヘ。それからね。チット未練がましい長文句になって済まねえが、明日《あす》の朝は、せめてアッシにお線香でも上げるつもりで、出来るだけ朝寝しておくんなさいね。その轟九蔵の死骸がアンマリ早く見付かっちゃ困るんだ。銀行へ行ってお金を受取らなくちゃなりませんからね。いいかね。お頼ん申しますよ」
と云う中《うち》に姿は闇の中に消えて、声だけが朗らかに残った。
「……オットット……その窓は、そのまんま開け放しといた方がいいね。閉め切っとくと、オマハンの首に縄がかかるんだ。ハハハハハハ……」
やがてバラバラと雨の音……烈しい電光……。
あとを見送った呉羽はホッとため息した。そうしてニッコリとあざみ笑いをしいしい入口の扉《ドア》の把手《ハンドル》を、
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