もんだから天測が出来ねえ」
「位置も方角もわからねえんだな」
「わからねえがモウ大丈夫だよ。サッキ女帝星座《カシオペヤ》が、ちょうどそこいらと思う近処《きんじょ》へウッスリ見えたからな。すぐに曇ったようだが、モウこっちのもんだよ」
「アハハハ。S・O・Sはどうしたい」
「どっかへフッ飛んじゃったい。船長《おやじ》は晩香坡《バンクーバ》から鮭《さけ》と蟹《かに》を積んで桑港《シスコ》から布哇《ハワイ》へ廻わって帰るんだってニコニコしてるぜ」
「安心したア。お休みい……」
「布哇《ハワイ》でクリスマスだよオオ――だ……」
「勝手にしやがれエエ……エ……だ……」
「アハアハアハアハアハ……」
 ところがこうした愉快な会話が、霧が晴れると同時にグングン裏切られて行ったから不思議であった。
 夜が明けて、霧が晴れてから、久し振りに輝き出した太陽の下を見ると、船はたしかに計算より遅れている。しかも航路をズッと北に取り過ぎて、晩香坡《バンクーバ》とは全然方角違いのアドミラルチー湾に深入りして雪を被《かむ》った聖《セント》エリアスの岩山と、フェア・ウェザー山の中間にガッチリと船首を固定さしているのには
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