前達《めえたち》が勝手にタタキ殺すってのは穏やかじゃねえからナ。犬でも猫でも……」
「ヘエ。そんなもんですかね。ヘエ。成る程。親方がそこまで云うんなら私等《あっしら》あ手を引きましょうが、しかし機関室《こっち》の兄貴達に、先に手を出されたら承知しませんよ。モトモトあの小僧は甲板組《デッキ》の者《もん》ですからね」
「わかってるよ。それ位の事《こた》あ」
「ありがとうゴンス。出娑婆《でしゃば》った口を利いて済みません。兄貴達も容赦して下せえ」
と会釈をして兼は甲板へ帰った。生命《いのち》知らずの兇状持《きょうじょうもち》ばかりを拾い込んでいる機関部へ来て、これだけの文句を並べ得る水夫は兼の外には居ない。現に機関部の連中は、私の寝室《へや》の入口一パイに立塞《たちふさ》がって、二人の談判に耳を傾けていたが……むろんデッキ野郎の癖に、わざわざ親方の私の処へ押しかけて来る兼の利いた風な態度を憎んで、今にも飛びかかりそうな眼付《めつき》をしながら扉《ドア》の蔭に犇《ひしめ》いていたものであるが、兼が「兄貴達も容赦してくれ」と云って頭をグッと下げた会釈ぶりが気に入ったらしく、皆顔色を柔らげて道を
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