小僧を乗せたせいじゃないかな。チョットでも……」
と一等運転手がヨロケながら独言《ひとりごと》のように云った。蒼白《あおじろ》い、剛《こ》わばった顔をして……俺は強く咳払《せきばら》いをした。
「エヘン。そうかも知れねえ。しかし最早《もう》船には居ねえ筈だからな」
船長は何も云わなかった。苦い苦い顔をしたまま十八倍の双眼鏡を聖《セント》エリアスに向けた。
三人はそのまま気拙《きまず》い思いをして別れたが、それから第三日目の朝になっても、依然としてフェア・ウェザーとセント・エリアスが真正面に見えた時には、流石《さすが》の俺も、ジイイーンと痺《しび》れ上るような不思議を、脳髄の中心に感じた。同時に何ともいえない神秘的な気持になって、胸がドキドキした事を告白する。自分の魂が、船体と一所に、どうにもならない不可思議な力にガッシリと掴《つか》まれているような気がしたからだ。
石のように固《こわ》ばった俺と、一等運転手《チーフメート》と、船長の顔がモウ一度、船長室でブツカリ合った。
「ここいらを北上する暖流の速力が変ったっていう報告はまだ聞きませんよ」
運転手が裁判の被告みたような口調で船長に云った。船長が他所事《よそごと》のようにネービー・カットの煙を吹いた。
「ムフムフ。変ったにしたところが、一時間十八|節《ノット》の船を押し流すような海流が、地球表面上に発生し得《う》る理由はないてや」
と飽くまでも科学者らしく嘯《うそぶ》いた。俺もエンチャントレスに火を付けながら首肯《うなず》いた。
「とにかく俺のせいじゃないよ。石炭はたしかに減っているんだからな」
一等運転手《チーフメート》も眼を白くしてコックリと首肯《うなず》いた。同時に一層青白くなりながら白い唇を動かした。
「……何か……あの小僧の持物でも……船に……残っているんじゃ……ないでしょうか」
船長は片目をつむって、唇を歪《ゆが》めて冷笑した。しかし一等運転手は真顔《まがお》になって、真剣に腰を屈《かが》めながら、船長室内のそこ、ここを覗《のぞ》きまわり初めた。おしまいには船長と俺が腰をかけている寝台《ねだい》までも抱え上げて覗いたが、寝台の下には独逸《ドイツ》や仏蘭西《フランス》の科学雑誌が一パイに詰まっているキリであった。ボーイのスリッパさえ発見出来なかった。
とうとう船全体が、動かす事の出来ない
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