ら》も知らねえでノメノメとこの船へ押しかけて来やがったのが癪に触《さわ》るんで……遠慮しやがるのが当前《あたりまえ》だのに……ねえ……親方……」
「それあそうだ。自分の過去を考えたら、遠慮するのが常識的だが、しかし、そこは子供だからなあ。何も、お前達の顔を潰《つぶ》す気で乗った訳じゃなかろう」
「顔は潰れねえでも、船が潰れりゃ、おんなじ事でさあ」
「まあまあそう云うなよ。俺に任せとけ」
「折角だがお任かせ出来ねえね。この向う疵《きず》は承知しても他《はた》の奴等《やつら》が承知出来ねえ。可哀相《かわいそう》と思うんなら早くあの小僧を卸《おろ》してやっておくんなさい。面《つら》を見ても胸糞《むなくそ》が悪いから」
「アッハッハッ。恐ろしく担ぐじゃねえか」
「担ぐんじゃねえよ。親方。本気で云うんだ。この船がこの桟橋を離れたら、あの小僧の生命《いのち》がねえ事ばっかりは間違いねえんで……だから云うんだ」
「よしよし。俺が引受けた」
「ヘエ。どう引受けるんで……」
「お前達の顔も潰れず、船も潰れなかったら文句はあるめえ。つまりあの小僧の生命《いのち》を俺が預かるんだ。船長が飼っているものを、お前達《めえたち》が勝手にタタキ殺すってのは穏やかじゃねえからナ。犬でも猫でも……」
「ヘエ。そんなもんですかね。ヘエ。成る程。親方がそこまで云うんなら私等《あっしら》あ手を引きましょうが、しかし機関室《こっち》の兄貴達に、先に手を出されたら承知しませんよ。モトモトあの小僧は甲板組《デッキ》の者《もん》ですからね」
「わかってるよ。それ位の事《こた》あ」
「ありがとうゴンス。出娑婆《でしゃば》った口を利いて済みません。兄貴達も容赦して下せえ」
と会釈をして兼は甲板へ帰った。生命《いのち》知らずの兇状持《きょうじょうもち》ばかりを拾い込んでいる機関部へ来て、これだけの文句を並べ得る水夫は兼の外には居ない。現に機関部の連中は、私の寝室《へや》の入口一パイに立塞《たちふさ》がって、二人の談判に耳を傾けていたが……むろんデッキ野郎の癖に、わざわざ親方の私の処へ押しかけて来る兼の利いた風な態度を憎んで、今にも飛びかかりそうな眼付《めつき》をしながら扉《ドア》の蔭に犇《ひしめ》いていたものであるが、兼が「兄貴達も容赦してくれ」と云って頭をグッと下げた会釈ぶりが気に入ったらしく、皆顔色を柔らげて道を
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