ソロソロ買物をしようか」
と独言《ひとりごと》をいいながら、とある着物屋の門口まで来ました。
その着物屋では帽子や靴も一所に売っておりましたので、鍛冶屋のお爺さんは喜んで中へ這入って、
「若い男と女と、それから魔法使いの着物の中《うち》で一番上等のを下さい」
と云いました。店の主人はビックリしまして、
「ヘエ。若い男と女の方のお召し物は御座いますが、魔法使いの着物は御座いませぬ。一体それはどんなお方で御座いますか」
と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはそれが云いたくてたまらないのを我慢して、
「それは裸体《はだか》の山男です」
と申しました。主人はいよいよ呆れてしまいました。
「山男さんの着物もこの店には御座いません」
「そんなら、その山男はお医者だからお医者の着物を下さい」
「ああ、お医者様のお召物なら上等の洋服が御座います。それを差し上げましょう」
「ああ、早くそれを出して下さい」
こう云って、三人の着物から帽子から靴まで買いましたが、店の主人は珍らしいお話が好きと見えて、その着物を包んでやりながら鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「しかし、その山男でお医者さんで魔法使いのお方は、よほど不思議なお方で御座いますね。今どこにおいでになるお方で御座いますか」
「私のうちに居ります」
「ヘエッ。それじゃ若い男と女の方もあなたのお家《うち》においでなのですか」
「そうです」
「ヘエ……。それではどうしてこのような立派なお召物がお入り用なのですか」
「三人共丸裸なのです」
「ヘエーッ。それはどうしたわけですか」
と、店の主人は肝を潰してしまいました。
鍛冶屋の爺さんはもうそのわけが話したくてたまらなくなりましたが、話しては大変だと思いまして、慌てて着物や何かを風呂敷に包みながら答えました。
「そのわけはいわれません」
そうするとこの店の主人はいよいよききたくてたまらない様子で、眼をまん丸にしながら、
「その魔法使いの人はどうしてあなたの家に来られたのですか」
と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはいよいよ慌てて、お金を払って荷物を荷《にな》って出てゆこうとしました。その袖を店の主人はしっかりと捕えまして、
「それではたった一つお尋ね致します。それを答えて下さればこのお金は要りません。その品物はみんな無代価《ただ》であげます」
「ヘエ。どんなことですか」
「あなたのお家《うち》はどこですか」
鍛冶屋のお爺さんは眼を白黒しましたが、
「それをいえば私は又テンカンを引きます」
と云ううちに、袖をふり切って表に飛び出して、荷物を荷《かつ》いで車力を引きながらドンドン駈け出してゆきました。
それから鍛冶屋の爺さんは八百屋の門の口まで車力を引っぱって来ましたが、又考えました。
「待てよ。あの魔法使いの山男は葱は白いヒゲだけ、玉葱は皮だけ、大根は首だけ、芋は尻と頭だけと云ったぞ。そのほかの鷄《にわとり》や獣《けもの》もみんなすこしずつしか喰べないと云ったぞ。そうして、その入り用なところはみんな棄ててしまうようなところばかりだから、お金を出して丸ごと買うのは馬鹿馬鹿しい。八百屋や肉屋へ行ってそこだけ貰って来れば、いくらでもある上に、持って帰るのに軽くていい。そうだそうだ」
鍛冶屋のお爺さんは八百屋へ這入って来まして、
「玉葱の皮と大根の首と、葱の白いヒゲと、お芋の頭と尻尾を下さい」
といいますと、八百屋の丁稚《でっち》は笑い出しました。
「そんなものは八百屋には無いよ。丸ごとならあるけれど」
「ヘエ。それじゃどこにありますか」
「どこにも無いよ。料理屋へ行けばハキダメに棄ててあるけれども、キタナイからダメだ。やっぱり丸ごと買うよりほかはないよ」
「オヤオヤ、困ったな」
「けれども、お爺さんはそんなものを買って何にするんだい」
と、こう丁稚に云われますと、お爺さんは思わず、
「それは山男の魔法使い……」
といいかけましたが、すぐに最前無茶先生に云われたことを思い出しまして、眼を白黒して黙ってしまいました。
鍛冶屋のお爺さんは、それから今度は肉屋へ来まして、
「豚の尻尾と牛の舌と、七面鳥の足と、鶏《にわとり》の鳥冠《とさか》を十匹分ずつ下さい」
と頼みました。肉屋のお神さんはやっぱりビックリしましたが、
「まあ、大変な御馳走をお作りになるのですね。七面鳥の足と鶏の鳥冠《とさか》は十匹分ぐらい御座いますけれども、牛の舌と豚の尻尾は三匹分ずつしか御座いませぬ。あとは料理屋でもお探しになってはいかがですか」
と申しました。鍛冶屋のお爺さんはガッカリして、
「ああ。やっぱり料理屋に行かなければならぬのか」
と申しました。そうすると、肉屋のお神さんは不思議そうに眼を丸くしながら尋ねました。
「けれども、そんなに上等のお料理を誰がおつくりになるのですか」
「それは山男の魔法使い……」
と、鍛冶屋のお爺さんは又うっかりしゃべりかけましたが、急に首をちぢめて駈け出しました。
鍛冶屋のお爺さんはあちらこちらと尋ねまわって、とうとうこの町で第一等の料理屋を見つけ出しまして、そっと台所からのぞいて見ますと、広いその台所の向うには火がドンドン燃えて、湯気がフウフウ立っております。そのこちらの大きな大きな俎《まないた》のまわりには、白い着物を着た料理人が大勢並んで野菜や肉を切っておりますが、葱の白いヒゲや玉葱の皮や、大根の首や薩摩芋の尻や頭なぞはドンドン切り棄てて、大きな樽の中に山のようになっております。
「ここだここだ。ここへ頼めば何でもあるに違いない」
と鍛冶屋の爺さんはうなずいて中に這入りまして、二つ三つお辞儀をしました。
「ちょっとお願い申します。その樽の中のものを私に売って下さいませんか」
と尋ねました。
料理人はふり返って見ますと、みすぼらしい爺さんが大きな包みをかついで立っていますので、
「何だ、貴様は」
と尋ねました。
「私は鍛冶屋で」
「かついでいるのは何だ」
「山男と、鉄で作った人間二人の着物で……」
これをきくと、十人ばかり居た料理人が、みな仕事をするのをやめて、鍛冶屋の爺さんの顔を見ました。
「何だ。山男と鉄で作った人間に着せるのだというのか」
「そうです」
「フーン。それは面白い珍らしい話だ。それじゃ、この樽の中のゴミクタは何のために買ってゆくのだ」
「それはその山男がたべるのです。まだこのほかに豚の尻尾と七面鳥の足と、鶏の鳥冠《とさか》と牛の舌も買って来いと云いつけられました」
「何だ……それは又大変な上等の料理に使うものばかりではないか。そんなものを山男が喰べるのか」
「そうです」
「不思議だな」
と、みんな顔を見合わせました。
そうすると、その中で一番年を老《と》った料理人が出て来て、鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「オイ爺さん。お前にきくが、今云った豚の尻尾だの何だのはこの国でも第一等の御馳走で、喰べ方がちゃんときまっているのだからいいが、この樽の中に這入っている芋の切れ端だの大根の首だの、葱の白いヒゲだの玉葱の皮だのいうものは、どうしてたべるかおれたちも知らないのだ。お前はそれをどうして食べるか知っていはしないかい」
「ぞんじません。おおかたあの山男は魔法使いですから魔法のタネにするのでしょう」
「何、その山男が魔法使い?」
「そうです」
「それじゃ、その鉄で作った人間は何にするのだ」
鍛冶屋のお爺さんは又困ってしまいました。こんなに大勢に自分の見たことを話したら、どんなにビックリするか知れないと思うと、話したくて話したくてたまりませんでしたが、一生懸命で我慢をしまして、
「それは申し上げられません。どうぞお金はいくらでもあげますから、玉葱の皮と、葱の白いヒゲと大根の首と、豚の尻尾と、七面鳥の足と、牛の舌と鶏の鳥冠《とさか》とを売って下さい」
「それは売ってやらぬこともないけれども、そのお話をしなければ売ってやることはできない」
鍛冶屋のお爺さんは泣きそうな顔になりました。
「どうぞ、そんな意地のわるいことを云わないで売って下さい。そのお話をすると、私は又テンカンを引かなければなりませんから」
「何、そのお話をするとテンカンを引く? それはいよいよ不思議な話だ。サア、そのお話をきかせろきかせろ」
といううちに、台所に居た人たちは皆、鍛冶屋のお爺さんのまわりに集まって来ました。
鍛冶屋のお爺さんはいよいよ困って、逃げ出そうかしらんと思っておりますところへ、この家《うち》の若い主人夫婦が出て参りまして、
「何だ何だ。みんな、何だってそんなに仕事を休んでいるのだ」
と叱りましたが、この話を女中からききますと、やっぱり眼を丸くしまして、
「おお、それは面白い。おれも玉葱の皮だの大根の首だのの料理はきいたことが無い。それに、山男の魔法使いだの鉄の人間だのいうものも見たことが無い。それではお爺さん。お前さんの云う通りの品物をみんな揃えてあげるから、お前さん、ごく内証で私達夫婦をつれて行ってくれないか。私たちはその玉葱の皮や何かのお料理が見たいから」
と云いました。けれども、お爺さんはなかなかききません。
「あの山男は鉄槌で人間をたたき殺して、火にくべて真赤に焼いて、たたき直したりするのですから、うっかり見つかると、私共はどんな魔法にかかるかわかりません」
「それはいよいよ不思議だ。なおの事その山男の魔法使いが見たくなった。是非つれて行ってくれ」
「いけませんいけません」
と、何遍も何遍も云い合いました。
その時にこの料理屋の二階に田舎のお爺さんが二人御飯を喰べさしてもらいに来ましたが、あんまり御飯が出来ませんので腹を立てて、手をパチパチとたたいて女中さんを呼びました。
いくらたたいても誰も来ないので、変に思って下へ降りて来ますと、大きな風呂敷包みを荷《かつ》いだ一人のお爺さんを捕まえて、みんなで、
「連れてゆけ連れてゆけ」
と責めております。そこへ二人の爺さんの中《うち》の一人が近づいて、
「お前たちは一体どうしたのだ。御飯を食べさしてくれと云うのに、いつまでも持って来ないで困るじゃないか」
と云いました。すると若い主人夫婦が出て来て、
「どうも相済みませぬ。それはこんなわけで御座います」
と、くわしく鍛冶屋の爺さんのことを話しました。
そうすると二人のお爺さんは顔を見合わせていましたが、一人のお爺さんは、
「それはもしかしたら無茶先生じゃないかしらん」
と云いました。そうするとも一人のお爺さんも、
「私もそう思う。山男のようで魔法使いのようで裸体《はだか》で、二人の若い男と女とを連れているのならば無茶先生かも知れない。そうして二人の男と女は豚吉とヒョロ子かも知れない。ちょっと、そのお前が荷《かつ》いでいる風呂敷包みの中の着物を見せてくれないか」
と申しました。
鍛冶屋のお爺さんは、着物を見せる位構わないだろうと思いまして、そこの上り口に広げて見せますと、二人のお爺さんは不思議そうに眉をひそめました。
「これは不思議だ。豚吉とヒョロ子はこんな当り前の身体《からだ》じゃない。それじゃ違うのかな」
「いや、そうでない」
と、又一人のお爺さんが頭をふって申しました。
「ねえ、鍛冶屋のお爺さん。お前さんは最前、その山男が人間を火に入れて焼いて、たたき直すように云ったが、その若い男や女もその山男がたたき直したのじゃないかい」
「そのたたき直さない前の男は豚のようで、女の方はヒョロ長くはなかったかい」
と両方から一時に尋ねました。
鍛冶屋のお爺さんは真青になってふるえ上りました。
「ド、ド、何卒《どうぞ》……ソレ、そればかりは尋ねずにおいて下さい、ワ、私が又テンカン引きになりますから」
「何、テンカン引きになる」
「それはどうしたわけだ」
「ソ、ソレも云われません」
二人の爺さんは困ってしまいました。けれども、やがて二人とも鍛冶屋の爺さんの前に手をついて申しました。
「どうぞお願いですから詳しく話して下さい。何を隠しましょう。私共二人は豚吉とヒョロ子の親で、二人
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