とするのか」
「そんな夫婦はおれの処に居ない」
「居ないことがあるものか。あの屋根を見ろ。あんなに破れている。あすこから落ちこんだに違いない」
「そんなら云ってきかせる。夫婦はうちに居るけれども、貴様たちに渡すことは出来ない」
「こん畜生。貴様はおれがどれ位強いか知ってるか」
「知らない。いくら強くても構わない。おれが今追い払ってやる」
「追い払えるなら追い払って見ろ」
「ようし。見ていろ」
 と云ううちに、無茶先生は隠して持っていた香水の瓶を取り出して、家のまわりにぐるりとふりまきました。
 それを嗅ぐと、大勢の人は吾れ勝ちに嚔《くしゃみ》を初めて息もされない位で、しまいにはみんな苦しまぎれに眼をまわすものさえ出て来ました。
 それを知らないであとからあとから押しかける町の人々はみんなクシャミを初めて、これはたまらぬと逃げ出します。大きな男の喧嘩大将も一生懸命我慢していましたが、とうとう我慢し切れなくなって、百も二百も続け様《ざま》にクシャミをしているうちに地びたの上にヘタバッてしまいました。
 けれども、遠くからこの様子を見ていた人は、みんなが嚔をしていることはわかりません。只、無
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