五百年位はわけなく生きる」
「ヤッ。そいつは有り難い。それじゃすぐに入れ換えて下さい」
「よし。こっちへ来い」
 と云ううちに、無茶先生は豚吉とヒョロ子を連れて奥の手術場に連れ込みました。
 無茶先生はやっぱり裸体《はだか》のままの野蛮人見たような恐ろしい姿をして、まず豚吉をそこにある大きな四角い平たい石の上に寝かしました。
 それから、夫婦が連れて来た二匹の獣《けもの》のうち馬の方だけを手術場に引っぱり込んで、豚吉の横に立たせて、白い繃帯でめかくしをしました。
 それから戸棚をあけて、一梃の大きな金槌《かなづち》とギラギラ光る出刃庖丁を持ち出して、まず金槌を握ると、馬の鼻づらをメカクシの上から力一パイなぐり付けましたので、馬はヒンとも云わずに床の上に四足を揃えてドタンとたおれました。
 それから、驚いて真蒼《まっさお》になって見ている豚吉の頭の処へ来て、イキナリ金槌をふり上げましたので、豚吉は床の上にコロガリ落ちたまま腰を抜かしてしまいました。
 ヒョロ子は肝を潰すまいことか、慌てて走り寄って無茶先生の手に縋りついて、
「マア。何をなさいます」
 と叫びました。
 無茶先生はヒョロ子に止められるとあべこべにビックリした顔をして、振り上げた金槌を下しながら怖い顔をして云いました。
「何だって止めるのだ。この金槌で豚吉の頭をなぐるばかりだ」
「マア、怖ろしい。そうしたら私の大切な豚吉さんは死んでしまうじゃありませんか」
「ウン、死ぬよ」
「死んだものに背骨を入れかえて背丈《せい》を高くしても、何の役に立ちますか」
「アハハハハ」
 と無茶先生は笑い出しました。
「アハハハ、そうか。お前たちはこの金槌でなぐられて死ぬと、もう生き返らないと思って、そんなに心配をするのか。それなら心配することはない。今一度殴れば生き返るのだ。ソレ、この通り」
 と云ううちに、無茶先生は傍にたおれている馬の額を金槌でコツンと打ちますと、死んだと思った馬は眼を開いてビックリしたように飛び起きました。無茶先生は大威張りで、又馬を打ちたおしました。
「それ見ろ、この通りだ。豚吉でもこの通り」
 と、イキナリ豚吉の頭に金槌をふり上げますと、
「助けてくれッ」
 と豚吉は泣き声を出しながら表の方へ駈け出したので、ヒョロ子も一所に走り出しました。そのあとから、生き残った豚もくっついて走って行きました。

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