実であろうと思われる。

     その筋の取締《とりしまり》が弛んだ

 俗に云う禁止物に対するその筋の取締が、この頃では眼に見えてゆるやかになった。特に東京ではそう見える。
 裸体物を取り入れた公刊の絵葉書、書籍の表紙なぞが、九州よりも多く店頭に曝されている。展覧会の絵や彫刻、活動写真の濡れ場、接吻なぞの場面も同様に殖えた。
 その中でも活動の看板やビラに血をあしらったのが殖えて来た。これは九州方面も同様らしく思われるが、特に注意する価値がある。頽廃思想の産物である変態性欲と関係があるから。そうしてこの傾向は、目下、東京で盛に醸成されつつあるように記者の眼に見えるから。(後段参照)
 いずれにしても、二三年前と比べると隔世の感がする。
 尚、このようなあらわれ[#「あらわれ」に傍点]の裡面には、堪切れぬ社会の要求が、ある拒み難い力となって当局を動かしているのではあるまいかと疑っている向きもある。参考のため書き添えておく。

     或る秘密画家の話

 或る日の正午、記者は日比谷交叉点付近のカフェーに腰を卸《おろ》して、注文の来る間ズボンのゴミを払っていた。
 すると直ぐ横の卓子
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