《テーブル》に、ダブダブのズボンを穿いた長髪の青白い男が来た。その男は、記者がテーブルの上に投《ほう》り出した大型のスケッチブックとマドロスパイプを見て、ニコニコと話しかけた。
「バラック建築の御研究ですか」
これをキッカケに二人は同じ卓子《テーブル》に向い合った。名刺を交換していろいろ話し込んだ揚句《あげく》、彼は自分が秘密画家である事を告げた。
彼は最初にこんな謎のような事を云った。面白いから書いておく。
「物には裏と表があります。私自身にもあります。そうして問題は、只、この裏と表を自分の頭でハッキリと区別して使いわけながら、生活し得るか得ないかにあります。特に芸術ではそうです」
「私は嘗て文展に能のお面を出して落選しました。その原因がこの頃になってわかりました。平生私が秘密画ばかり描いているために、お能のお面にもその気持ちがうつって、上品さを傷つけるのです。殊にあの不可思議な唇の開き工合のところで迷わされています」
「これは私が修養の出来てないせいでしょう。私が秘密画とお能の面とを美事に描き別け得た時は、私が芸術家として成功した時でしょう」
彼はこう云いながらウイスキーを飲
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