は『地震』と云うと――すぐに『ソラ又《また》天の何とかだ』と感づいて、出来る限りこれを避けよう、思い出すまい、そうして享楽しよう享楽しようとばかり考えているようです。地震の反動とでも云いましょうか」
 云々と。これ等の話は皆よく東京人の堕落時代を裏書している。

     痛切な悪魔の標語

 震災直後の東京ではライスカレー一皿で要求に応じた女が居たと甲《たれ》も乙《かれ》も云う。そのライスカレーは、玄米の飯に馬鈴薯と玉葱の汁をドロドロとまぜてカラシ粉をふりかけたもので、一杯十銭位であった。
 これ以上の高等なのも居たろう。これ以下の無茶なのも居たろう。とにもかくにも震災後間もない東京の人間は、人間性の美点と醜点とを極度までさらけ出した。その醜い半面のこうした傾向が如何に烈しいものであったかという一例がこれである。
 彼等東京人は食物に飢えたように性欲にも飢え渇いた。その烈しい食欲と性欲は、彼《か》の灰と煙の中でかようにみじめに交易された。
 彼等の自制力は地震で破壊された。土煙と火煙を吹いた。
「こうなればもう何でもいい」
 という投げやりの考え、六ヶ《むずか》しく云えば彼等は悪魔の
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