。皆青白く唇を噛んで、眼が血走って、まるで地獄の責苦から逃れた人のように生汗を流していた。挑発も度を過すと、却《かえ》ってその情を圧迫して萎縮させてしまうものだとその中の一人は云った。
尚、右に就いて一人の官吏はこんな話をした。
検閲係官の苦痛
「世間ではよく小説や何かの検閲係の役人が、只文句ばかりに拘泥して禁止をする。裏面の意味は却って見逃す事が多いために、いろんな不公平が起る。つまり検閲官に頭がないからだと云う人があります。この不平は尤《もっと》も千万ですが、一方に又止むを得ない事情があります。どんな頭のある人でも毎日毎日変な文字や絵を見ていると、頭がすっかり麻痺してしまって、どこを取締っていいかわからなくなります。文章の裏面からどんな非道《ひど》い意味を発見しても、ちっともわるいと感じなくなります。自宅へ帰ってから、又は旅行して平生の常識に立ち帰ってから……ああ、あすこはヒドかったなと気が付くような事が屡《しばしば》あります。そんな風ですから、毎日検閲をしていると、勢《いきおい》文字や文句ばかりによって禁止をしなければ、ほかに見当のつけようがないような頭になります
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